声を張り上げて
まるで演劇、歌舞伎、オペラ
そのうち踊り出すのではないか
自分の住んでいる家が
地域防災計画でどのように扱われているか
興味はありませんか?
どこかより
あとまわしとか
一度失った人間は強い
二度失った人間はもっと強い
三度失うとどうなるんだろう
非常に阿呆でみみっちい話なんですが
パスタを茹でるときにタイマーを使いまして
時間が来るとピピッと鳴るわけですが
そのときどちらを先にするか
タイマーを止めるのかガスを止めるのか
1秒くらいなんですが
どっちがエコなんだろうと
思うわけです
ーー
池田清彦さんによれば
昨年11月に起きたクライメートゲート事件をご存じでしょうか。世界中の政府が環境政策の基準にしているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、地球温暖化を示す気温上昇のグラフを捏造していたことが判明したのです。
『地球温暖化スキャンダル』(スティーブン・モシャー、トマス・フラー著、渡辺正訳、日本評論社、2310円)は、IPCCの情報の元データを作っている気候研究ユニット(CRU)のメールが何者かにハッキングされ、全世界に流出したという発覚の様子からCRUの科学者たちの交信、そしてデータの改ざんや批判を受けての隠ぺい工作まで、その膨大なメールから全貌を読み解いたものです。
各政府が行っていたCO2削減などの政策がことごとく覆されるわけですから、科学史上最大のスキャンダルといっても過言ではありません。以前から地球温暖化説は不確かでCO2削減は意味がないと主張してきましたので、ますますその認識は間違っていなかったとの思いを強めています。
IPCCが発表していたほど急激でないにしても、緩慢な温暖化はあるのかもしれませんが、それがはっきりと解明されていない段階で、CO2削減に何兆円もの国家予算をつぎこむのは考えものですね。
とのことだ
どうしても勉強してしまいます
というのは病気なんでしょうか
こんにちは品川心療内科です
特色は
「予約・個別カウンセリングで時間のめどが立つ」
「初診随時受け受け」
「認知療法」
「リハビリの個別プログラム」
「漢方薬の活用」
です。
詳しくはこちら
http://shinagawasn.blog.so-net.ne.jp/
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なるべく予約の時間をきちんと決めて
その時間内に診察・カウンセリング・お薬まで完了して
予定通りお仕事に戻れる,そんなイメージで用意しています。
待ち時間ゼロの仕組み
終わりの時間が決まる
終わりの時間までに薬も受け取れる
予定通りに仕事に戻れる
それが課題です。
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もう一つの目標は
認知療法を治療の中できちんと位置づける
認知療法と薬剤の組み合わせをもっと工夫する
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さらにもう一つの目標はリハビリです
最近は休職して治療した後で、会社復帰が難しいことが多くなっています。
会社によってリハビリ出社の制度があったりなかったり
またあったとしても使いたくない・使い方を工夫したい場合もあります
さらにはうつ病のリハビリは
昔のような「収容・時間管理」型のものから
変化していくだろうと考えています
みんなで一つのところに集まって一日一緒にいるのは
練習として意味があるのですが
それを卒業してしまった一部の都会のサラリーマンには合理的ではないでしょう
重症の人に合わせるのはそれはそれで気を遣うしつらいものです
みんなに合わせる練習をする必要がある人もいますが
それは必要があれば問題なくできるという人も多いのが実際です
全体のプログラムがあってそれに参加する方式も必要ですし
それが適切な患者さんも多くいます
その中で集団への適応とか対人関係のあり方などを詳細に観察できる利点はあります
しかしそれは卒業している人も多いわけです
そこで個別にプログラムを作ります
午前中は図書館で、午後は美術館でとか
午前中は散歩で、午後は喫茶店で読書とか
いろいろなパリエーションがあっていいはずです
昔ながらのデイケアのイメージがあり
その枠内での活動に縛られるよりも
東京のように社会資源が豊かな地域に合わせたリハビリがあるだろうと考えられます
リハビリは集団プログラムから個別プログラムへ
集団塾から個人家庭教師へという流れのようなもので
社会資源の豊かな地域でのリハビリはそのようなものになると考えています
当院ではデイケアとかリワークプログラムのフレームは採用しません
そのレベルは卒業した人に
個別プログラムで応えたいと考えています
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薬物療法はもちろんさらに工夫を続けますが
その際に生活習慣の改善や体質改善が大きな目標になります
そのために漢方薬を活用する方向を以前から工夫してきました
今後もその方針です
生活習慣の改善や体質改善を目指し、カウンセリングと漢方薬を工夫する
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場所
〒108-0075 東京都港区港南2-14-10 品川駅前港南ビル10階
電話 03-6712-9474
曜日・時間
月~土 10時-2時 4時-8時
医師とカウンセラーの組みあわせで診療します
院内処方ですので、診察、カウンセリング、お薬まで一カ所で終わります。
診察は完全予約制です。予約のない人は電話で予約を取ってください。
料金初診2500-3500円、カウンセリング付き再診1500-3000円、お薬の料金によって上下します。
以下を参考にして下さい。
http://shinbashi-ssn.blog.so-net.ne.jp/
http://www.geocities.jp/ssn837555/index.htm
http://ssn-smapg.blog.so-net.ne.jp/
極めて単純に言えば
いい人が苦しむこの世の中を変えたいです
いい人とは何かとか
苦しむとはどういう事かとか
質問されると
その質問自体、悪い世の中の一部なんだと言いたいくらいで
でもそれだとだめなんだと承知はしていて
だから静かに不満を募らせている
はたして米軍基地は日本に必要なのか
と問いかけが起こる
抑止力とは何かという問題が生る
ここで抑止力の矛盾を指摘できる
現在まであからさまな開戦が起こっていないことから
推定すれば抑止力は有効だと言える
しかしそれはそもそも抑止力は必要なかったという議論にもなり決着はつかない
開戦に至れば
それは抑止力が必要だったことの証明になる
しかしその瞬間に抑止力は無効だったことが分かる
ーー
開戦に至らないうちは
それは抑止力が有効なのか
抑止力が不要なのか
どちらとも証明ができない
戦争圧力の測定ができればよいのだが
それを抑止しているのだから
原理的に難しい
ーー
つまり抑止力論議は
矛盾している
最近、統合失調症のイメージが変化してきました
と書くのと
最近、統合失調症へのイメージが変化してきました
と書くのと
どう違うかとか考えて時間が過ぎる
確かに違うよね?
要するに、実質、違わない?
グラフに相関があることと、因果関係があるということが、区別されていません。
恩師が私に残してくれたカセットテープがあって
几帳面に録音したNHKなどのクラシック番組だ
もちろん良い音源は他に沢山あるのだろうし
FMやBSで一般放送されたものなので特殊でもない
現在ならば
どこかのデータベースで
すぐにアクセス出来るのかも知れない
一つ一つに几帳面な文字で情報が書き込んである
今度は私がそれを聞いてデジタル編集して
次の世代に残そうと思っている
何しろ次の世代は
カセットテープを知らない人もいるだろうから
再生機もないだろうし
ーー
というわけでこれも自分にとっての宿題なのだけれど
後回しになったままだ
後回しになったままの大事なことが沢山ある
そろそろ人生を変えなくては
誤解されて損をしている人は世の中に多いものだ
その場合にコミュニケーション能力がないからだと
断定するのは少しかわいそうだと思う
コミュニケーション能力が低かったとしても
その人にできることで世界に参加して
幸福を分かち合うことが出来る社会に
すべきなのだと思う
それをしないで
コミュニケーション能力の高い者どうしで
互助会を作るのは大いに間違っている
コミュニケーション能力は
悪く言えばうそをつく能力でもあるわけで
一面ではろくなものではないのだ
朴訥な正直者はいつでも大切にされる
何が大人気ないかと言って
本気になることくらい
大人気ないことはない
でも本気になるやつは
大好きだ
絶対のエビデンスがあって言うのではないが
子供の頃に作られた
人間全般への基本的信頼は
その後の人生で波乱があっても
続いて維持されるような気がする
人格のコア・中核として維持される
脳がその時期に初期設定としてセットしてしまうのだと思う
基本的信頼という初期設定はなかなか変わらないもので
かなり強い学習だと思う
それが人生の基本態度になる
その様子を集団内部で見ていると
本当に随分違うことが分かる
そして
私が問題だと思うのは
その手の基本的な学習においては
人間は受身でいるしかないということだ
これはたいへん不合理なことで
子供にすればいい迷惑だけれど
仕方がない現実である
ーー
想像してみると
母親ひとりが主な愛情の供給源であるとすると
母親も人間なので
機嫌のいい時も悪い時もある
特に若い母親は不安定なことも少なくない
一方で愛情の供給源が多人数である場合は
平均してレベルの高い愛情供給を維持できるような気がする
たいへん大雑把な言い方だけれど
ハズレの母親で人生をスタートした子供は
どうすればいいか
困る
それよりは
ハズレのひとが多いけれど
時期をずらせばそれなりに愛情が供給される方がいいと思う
人間には必ず波があるのだから
多人数のいい時の波を受けた方が子供には有利だと思う
しかしそんなことも選べず
子供はひたすら無力なはかない存在ただと思う
人生を生きるには
他人を信頼してしまうのが
楽しいし
ワクワクするしで
いいことだと思う
相手も信頼してくれることもある
しかしまた信頼を裏切られることもある
裏切られないように行動するのは
大変つまらないし
ワクワクしないことだ
そのあたりのバランスは難しいけれど
わくわくする代償として
多少裏切られるのも計算に入れておこう
裏切りが怖くて縮まって生きるのは
一回きりの人生には勿体ない
大きく信用して
裏切られてもコストだと割り切り
どうせ税金で取られる分をとられたのだと軽く納得し
その上で前進した方がいい
信頼した場合の試験をした方がいい
その方が人生は楽しい
ーー
それができないのは
やはりそれ相当の経験があって
ブレーキがかかっているのだろうと思うので
それもまた仕方がない
結局個人のオーラがあるかないかで
精神療法の効果は違うだろうと言われれば
そこには治療の本質はないと言い張ることはできるものの
その患者がその治療者のオーラに引きつけられることは否定できない
デイケアは長期入院していてなかなか退院できない人や
退院してもすぐに再入院に至る人について
むかしは入院継続しか手段がなかったところを
デイケアを作って昼には病院の一角で「昼間収容」して
入院の代わりにしようという制度だった
従って保険点数も入院治療に準じたものになっていて
生活の面倒や食費、入浴などは家族が負担すればいいので、
その分病院としては利益が大きい
この仕組があれば病院は長期入院をやめて在宅通院医療に切り替えるだろう
という制度だった
作業所との区別は曖昧であるが
コンセプトとしてはむしろ作業所の方が復職支援に近い
ところが作業所通所の患者層が現実には復職には遠い人たちであるため
復職支援というよりは
これも「昼間収容」という色彩が強いものだった
つまりはデイケアも作業所も再入院を防ぐことが目標だったし、
入院治療の代替であった
現実には
デイケア・作業所と入院治療の間を往復していた
ーー
うつ病の復職プログラムはデイケアの保険点数制度を使って
うつ病で休職した人に会社復帰までの支援をしようというもので
上記が
入院とデイケアの往復であったものが
ここでは
会社とデイケアの往復になっている
ーー
実際にやってみると分かることだが
復職がスムースに出来る人には実はデイケアは必要がない
休職が終わって、半日勤務をはじめて、という具合で普通に復職できる
復職ができない人はデイケアにも通えなかったり
デイケアだけでうまく適応できたり
そんなことになる
復職できない層が「沈殿」していく
すると復職デイケアの意味が無いので
一定期間でそのような復職不可能な患者さんには「卒業」してもらい
次の患者さんを受けいれることになる
「卒業」した患者さんはどうなるのかといえば
答えが難しい
ーー
結局何が起こるかといえば
うまく機能する復職支援プログラムでは
何もしなくてもうまく行く人しか、うまく行かない
抱え込む機能がない
抱え込まないからうまく行くのだし
うまく行くということは抱え込まないことなので
微妙なところがある
うまく機能しない復職プログラムでは
抱え込む機能はあるが復職機能はない
何もしないでうまく行かない人に復職プログラムに参加してもらったから
うまく行くという例はどのくらいあるかといえば
厳密な統計的検定はないだろうと思うが
あまりないだろうと思う
つまり、休職期間延長以上の効果はあるのかといえば
なんとも怪しい
ーー
医療提供側も統合失調症のデイケアの記憶が根深くあるし
制度もテクニックも統合失調症の入院中のケアから発達したものなので
なかなかその枠から抜け出ることができない
患者教育をするならば個別に診察室で説明すればいいのだし
なにか意味があって卓球をするなら
ふつうにスポーツをする場所ですればいいのだし
料理をするならば台所ですればいいのだろう
ーー
なにより問題なのは対人関係の練習をすると言っても
練習相手も対人関係の練習をしたい人であるから
なかなかうまく行かない
卓球の話が出たので言えば
ある程度普通に卓球が出来る人とトレーニングした方がいい
相手にもかなり困難がある場合には
なかなか対人関係の練習にはならない
ーー
次の問題は
復職支援の場では結局は会社の再現はできないということだ
会社にはそれぞれの特色があるし
その共通部分を
復職支援プログラムの場で再現できるわけでもない
その会社に特有の仕事の仕組みとか
その組織に特有の人間関係とか
それに適応することが必要なのだけれど
当然そんなことはその会社の現場自体でなくては難しい
朝、あいさつをしましょう程度の話は
まるっきり、昔の統合失調症のデイケアでの話なので、
それを反復しているようでは
たぶん復職の話は遠くて、
再入院や休職延長の方が可能性の高い話題になる
ーー
結局、復職プログラムを通じての復職よりは異動または転職の方が現実的だということになるが
転職も簡単ではないし
異動に関してももちろん簡単ではない
ーー
会社は復職支援のためにあると当然のように考える人もいるし
会社は他社との競合に打ち勝って利益を上げるためにあると考える人もいる
そのバランスをどの位置に設定するかが現実の問題であるが
経済状態が悪いときには
なにも障害のない人でも解雇されるのだから
難しいことになる
ーー
個別でうまく行かないときは
集団で治療しようというのもよくある発想だ
しかしそれは実は「収容・隔離」が本当の目的であることもある
アルコールの集団療法が典型的だ
生活保護をもらってデイケアに通う
そのことが生きることそのものだ
ーー
集団技法をよく発達させているのが新宗教やメンタル・トレーニングの系統であり
洗脳技術の一種である
自己啓発セミナーなど
そのような技術の結果として会社に適応するのは
結果としては生活費を稼げるのだからいいことなのだろうが
なんともまた別の困難もある
統合失調症の場合でも
うつ病の場合でも
あるいはその他の精神的異変の場合でも
共通の初期症状として
うつ状態がある
考えてみれば
病変の場所も違うのだし
ドパミン系とセロトニン系とか関与する物質系も違いそうだし
そうなるとなぜうつ状態が共通の初期異変なのか
理解が難しくなる
当然考えられるのは
さまざまな初期異変に対する生体反応として共通のものがあり
そのひとつがうつ状態なのだろうということだ
その他には不眠、不安、食欲の異常、焦燥、意識野の狭窄などが挙げられる
つまりそれらは病変そのものではなくて
病変に対する生体の保護反応なのだろう
それなのに不眠、不安、うつなどを取り去って良いのかという問題は生じる
これはたとえばインフルエンザの時の発熱のようなもので
熱をそのままにしておくのも
それは生体がウィルスに対抗する手段であるという話は分かるのだが
現代では解熱剤を使って
体を楽にして
食欲を維持して栄養を保った方が結局回復には有利だろうと思う
発熱反応はそれしか反応がなかった場合の対処であって
薬剤が使えるならば
もっと合理的な解決があるだろう
同様に
不眠、不安、うつで代表されるような初期共通病変は
異常の印であり、病変に対して、または環境に対して、なにか対処すればいいと
考えられるのだが
それも難しい場合が多く、
それよりは結局、よく眠れるようにして、不安を和らげ、うつを緩和しておけば、
最終的には時間を待つことができて
待っていれば解決のきっかけをつかめることもあるというものだ
ーー
一方で、病変の最終経路としての
共通症状というものもあり
たとえば知性の減退、感情の平板化、反応の常同化などがある
ーー
final common pathwayの典型は認知症末期の病像で
何も考えたくないし
いつも同じ反応を返すし
物事の違いを感じることはないし
感情反応としても複雑さはなくなり
単に泣いたり怒ったり単純化する
という具合で
まるで最近のテレビと同じなのだ
西日本は広い範囲にわたって雨です
と天気コーナー
関東はこれから雨になるでしょう
と流れて
確かに雨に振り込められる感触があり
なんとも心地よい
歯磨きをして思ったが
さらさら唾液が大切なのではないだろうか
最後に振り向いて挨拶をする人と
そうでない人とがいるのは
興味深い
<ひきこもり>相談者の8割に精神疾患 厚労省まとめ
ひきこもりに関する厚生労働省研究班は、自治体の相談窓口を訪れた人の約8割が、統合失調症や広汎性発達障害などの精神疾患があると診断されたとの調査結果をまとめた。この結果を受けて厚労省は19日、01年度作成の専門機関職員向け指針を改訂。「確定診断前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべき」とし、長期的な関与と精神疾患の有無の判断が必要としている。
調査は07~09年度に岩手、埼玉、山梨、石川、和歌山県の精神保健福祉センターなどを訪れた16~37歳の184人を対象に実施。精神科医や精神保健福祉の専門職員が複数で診断し、このうち149人(80.9%)に精神疾患が確認された。
診断結果は、人格障害や適応障害など51人(34.2%)▽統合失調症や気分障害など薬物療法が必要な人49人(32.9%)▽広汎性発達障害や知的障害など48人(32.2%)--などだった。
過去の調査から、研究班は全国のひきこもりを26万人と推計する。研究代表者の斉藤万比古・国立国際医療研究センター国府台病院精神科部門診療部長は「ひきこもりの長期化を防ぐためには、早期の受診や相談が重要。就労機会の提供など社会的支援に加え、精神疾患がある場合は特性に合わせた指導プログラムも不可欠だ」と話している。
新しい言葉には困ることがある
洋服のバリエーションはもう出尽くしているに違いないので
言い方を変えているらしい
チュニックがどうとかという話になって
ああ、女の人がたまに手首につけたりしているね
なんて言ってしまい
それはシュシュでしょう と訂正される
レギンスがどうとか言われても
何となくボトムの方のものだとは分かるが
スパッツと似たものだと言われても
スパッツが何か今度は分からない
ボトム系で小さめのものという感じは分かる
調べたらゲートルとも出ていて
今度は女性が
それはガードルのこと?
と言うような始末で
このような通じなさ具合がかえっておもしろい
動物セラピー、善意頼み 「経費の大半持ち出し」 医療福祉との連携カギ
2010年05月01日 朝日新聞 朝刊
動物に触れて、障害者らが癒やされたり子どもが命の大切さを学んだりするアニマルセラピー=キーワード=の活動が岐路にさしかかっている。国内の取り組みはボランティア頼みなのが実態。このため、セラピーの団体がボランティアにアンケートをして対策を探り始めた。専門家は「若者が本格的に取り組もうとしても経済的な負担から二の足を踏んでしまう」と指摘する。(新井正之)
3月下旬、神戸市の「多機能型障がい者デイセンターひょうご」に2匹の犬がやって来た。雑種の「ゆめ」と小型犬の「メイ」。障害者ら約10人は「触ってみますか」と誘われて、恐る恐る手を伸ばす。シャンプーしたての毛並みをなでると、満面の笑みをみせた。支援主任の宮本裕佳子さんは「犬が来る日を楽しみにしている障害者は多い」と話す。
2匹の飼い主は、熊井恵子さん(54)と与茂田千鶴子さん(63)。2人とも活動歴は10年を超える。月に訪問するのは2施設ほどで1回約45分。熊井さんは「時間が長いと犬にストレスがかかり、回数が増えると私たちの負担が重くなる」と話す。無料奉仕のうえ、ガソリン代や駐車料金は自己負担だ。
2人は、日本動物病院福祉協会(事務局・東京都)に所属するボランティア。協会は1987年の設立以来、アニマルセラピー活動を「コンパニオン・アニマル・パートナーシップ・プログラム(CAPP)」と呼び、全国延べ8万4千人以上のボランティアが1万回を超す訪問活動を重ねてきた。
昨年12月、協会がボランティアにアンケートしたところ、施設が遠かったり経費がかさんだりすることに悩んでいた。「ボランティアは時間と労力を費やすだけでなく、お金まで持ち出しているのが現状」と、協会の戸塚裕久CAPP委員長。参加する犬は厳しい健康チェックやしつけが必要で、協会は健康診断などの費用を支出し、ボランティアの負担を軽くしようと努めている。
NPO法人「CANBE(キャンビイ)」(愛知県東郷町)は、小学校や幼稚園などで犬との接し方などを通じて命の大切さを学ぶイベントを開き、学校側から「教師の参考になる」と好評だ。謝礼を受けるケースもあるが、経費のほとんどは運営する動物病院の手弁当だ。「資金を確保する方法を他の団体と一緒に考えたい」と獣医師の吉田尚子さん。カナダで動物福祉教育を学んだ経験を活動に生かしたいが、「動物福祉の考えが浸透している欧米と同じような実践は難しい。医療機関との共同研究や自治体の助成などが必要」と感じている。
こうした課題の解決策を探る研究も始まりつつある。麻布大学(神奈川県相模原市)に事務局を置く「ヒトと動物の関係に関する教育研究センター」は3月、アニマルセラピーの研究発表会を開いた。コーディネーターを務めた同大共同研究員の伊澤都さんは「犬と触れあい喜んでいる子どもらを見ると、手弁当で訪問したい気持ちになる。しかし、活動への対価がなければ質の向上につながらない」とジレンマを口にする。
「若者が本格的にアニマルセラピーを学んでも、現状の活動では生活費が稼げない」と同大獣医学部の太田光明教授は嘆く。将来、活動が広がるかどうかのカギは治療方法の確立にあるとみる。例えば、うつ病患者が犬の散歩や乗馬をすることは薬と同様の効果があるといわれている。太田教授は「医療や福祉の関係者と研究を進めていくのが大切。効果が認められて実践の場が広がっていけば、高齢者らにかかる医療費を減らす可能性もある」と言う。
キーワード
<アニマルセラピー> 犬や馬、イルカなどの動物を使って、障害者やお年寄りらの身体的、精神面の健康を向上させる活動。医師が参加した治療と呼べるアニマル・アシステッド・セラピー(AAT、動物介在療法)、動物との触れあいを重視するアニマル・アシステッド・アクティビティー(AAA、動物介在活動)、子どもたちへの教育を重視したアニマル・アシステッド・エデュケーション(AAE、動物介在教育)に区別される。
口蹄疫発生で
人間も移動を控えてくださいとか
集会も控えてくださいとか
アナウンス
ヒト、ネコ、イヌは重い症状は出ないがウィルスを運ぶことはあるらしい
無症候性キャリア
2010年4月に始まる今回の発生について考えてみても
どこから伝染してきたのか
どこに潜んでいたのかと考えると不思議な感じもする
ウィルスは
動物を殺してしまえば自分も存在を続けることができない
致命的ウィルスは自分にとっても致命的であって
大変目立つけれど自分の首を締めてしまう頭の悪いウィルスである
誰にもしられずこっそり伝染していて
感染した動物は元気で活動を続けるなら
ウィルスに栄養も届き
動物の活動に伴ってばらまいてもらえるので
そのタイプのウィルスがおそらく最も賢いのであって
人間でもウィルスでも同じということらしい
共存共栄のビジョンで言えば
ウィルスのおかげでなにかいいことが起こればもっといい
ビフィズス菌は腸管にとってありがたいものだ
ウィルスの中にはなにか良い働きをしているウィルスがあるのかもしれない
たとえば遺伝子資源
免疫能が低下したときに精子に組み込まれて遺伝子変化を促進する
ミトコンドリアはずっと昔は寄生生物だったと考えていいらしい
ミトコンドリアは細胞のエネルギー系に深く関与している
ミトコンドリアは卵子のミトコンドリアがそのまま受け継がれる
ヒト男性のY遺伝子は父から伝えられるが
ミトコンドリアは全部母親からだ
ミトコンドリアの病気も知られている
ヒトDNAの複製や修復のメカニズムよりは
多少単純に出来ているのかもしれない
●希望と復活への「カナリア」●
こんな状況下で、危機に対して私たちに何ができるか。まず「もしかしてメンタルかなあ、イヤだなあ」と思っている方に、自分がどれほど危ない領域に入りかけているか、自己判定できるような装置があれば、少しは役に立つかもしれない。というわけで、簡単なチェックリストを作ってみました。
カナリアと名づけたのは、昔、炭坑などの鉱山労働者が切り羽に行くとき、カナリアの籠を持って行ったという話を聞いたことがあるからです。有毒ガスが危険水準にいたると、鳥は小さいので早く落鳥して危険を知らせてくれるからです。
この表を「生還カナリア」と名づけたいと思います。あらゆる闘病は生還を期しての戦いに参加することです。例えば、癌にかかった人、大多数は癌などと思いも知らず日常を送っていて、ある日闘病生活に突入します。周囲が「頑張れ」と願うのは、生還を果たして貰いたいからに他なりません。
普通の日常と思って生きている人が、ある日気がついてみれば電車のホームの端に立っていた。というのが、真相に近いのかも知れません。その前に危険を察知できれば、なんとかなるかも知れないという願いから作成した試供品です。もし、同憂の方々がいらっしゃれば、ご意見によって改良できれば幸いです。
試案は下表です。ブルーからイエローになったら要注意、レッドに変わると危険と思ってください。これはまだ未完成品です。衆知が集められればもっとマシで簡便になものになると思います。ご意見や提案を頂ければありがたい。どうぞよろしくお願いします。(計見 一雄)
「精神科治療学」23巻6号(2008年6月発行)掲載
連載「精神科医のためのインターネット利用ガイド」
第6回「精神科診療におけるインターネットの使い方②便利なソフトの紹介など」
(小原圭司)の中で紹介したサイト
1.かな漢字変換ソフト用の医学辞書について
(1)フリー医学語彙
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/4306/
(2)一万語医学辞書
http://www.vector.co.jp/soft/data/writing/se086669.html
2.精神科診療上で作成するさまざまな書類の作成支援ソフトについて
A.Psyscript
http://www23.ocn.ne.jp/~mmic/
(財団法人宮城県地域医療情報センターのサイト)
B.精神科患者台帳
http://jp.psydb.com/(PsyDBのサイト)
http://www.toxsoft.com/index.html(Pegasus Reportsの作成者のサイト。「メインメニュー」の「ダウンロードコーナー」→「Pegasus Reports」)
C.医見書
http://www.orca.med.or.jp/ikensyo/index.rhtml
D.既定の用紙にドットインパクトプリンタで印刷する
http://www.vector.co.jp/soft/win95/writing/se414201.html
(すごい位置合わせPRO2v.6.0)
http://shop.vector.co.jp/service/catalogue/sr120202/
(やさしくPDFに文字入力PRO)
3.診療用のマニュアルなど
B.PDA用のソフト,「今日の治療薬」などについて
http://www.m2plus.com/(m2plusのサイト)
4.研究上有用なソフト
http://www.kenkyuu.net/(研究留学ネットのサイト)
http://www.youtube.com/watch?v=9n5Sql-iPZc
診断は医学的なもので
厳密には病理標本の裏付けを必要とする
フォーミュレーションは我々が使う範囲では
心身症や精神病に関しての
原因にも言及する状況の物語である
因果関係について
立証できなくてもいいので
納得の行く・共感できる・物語を共有することだ
仮説定立などといえばいいのだが
納得できる理解を共有することで
状況の全体が一つのパースペクティブのもとに
すっきりと位置づけされることである
客観的に正しいことが問題である場面もあるのだが
そうではなくて心理的に正しいこと、納得できることが肝心であることもある
フォーミュレーションをすれば
その後は、その物語自体が推進力を持って前に進んでいく
そして時間とともに安定した居場所を見つける
その意味では
フォーミュレーションの場所や方向はある程度幅があって構わない
富士山に登るにはどこから登ってもいいはずで
頂上はどうせ一つだという理屈になる
様々な登り口があり
最後の景色はみな似ている
最短距離がいいかといえばそうでもなないのが
人生の味わいだ
遠回りのコースが景色がいいかもしれないし
苦労したことで同伴者と一週間泊り込みで一体感が生まれるかもしれないし
遅れたことで何かにちょうどいい具合かもしれない
つつじとか
もう少し先ならば
あじさいとか
仮説を暫定的に立てて
そのことが納得できるものであれば
スタート地点としては充分である
ーー
なぜ過食嘔吐をするのかについては
長い物語があるのだ
その長い物語の中から
過去と現在と診察室での同型性を見つけ出し
それをコアとして考えを進める
すくなくともこの三者の同型性を満たすものが
フォーミュレーションである
ーー
次元の低い言い方では
誰のせいとか、誰かに罪をきせるであったりする
それが物語の全部だったりもする
決してそんなものではない
一部はそうだとしても
そればかりではない
そこから歩き出すためのフォーミュレーションなのであって
そこでうずくまってしまうためのフォーミュレーションではないのだ